2014年05月23日

ネットが生活の一部

 ボーラは、役目を終えて、ウォーター・ハウス達の下へと向かう事にした。
 結局、自分は殺人行為を行えなかったのだが、けれども、それ以上の事は遂行したし、あの末路こそが、あの男に相応しいものだと思う。
 無重力の世界の中を、未だ彷徨っていた。
 自分もこの仮想空間から、早く、抜け出さなければならない。
 でなければ、場合によっては、プレイグと似たような末路を辿るかもしれない。
 空の水兵隊達の大部分は、グリーン・ドレスとの戦いで死亡してしまった。
 復旧も難しいだろう。
 何しろ、フロイラインの儀式場も完全に破壊されてしまったのだから。
 今、ネットは遮断されている。しかし、もうすぐ、クラーケン中に電力は行き渡るだろう。
 その間に、ボーラは考える。
 洗脳を解いてやろうか? ……いや、洗脳されている者達は、洗脳されたがっているのだ。プレイグが亡き後も、彼らはアイドルという偶像を求め続けるのだろう。それは太古の昔、人間が神を求めた系譜なのだろうか。
 人は、理想化された異性を求めたがるのだろうか。
 それもまた、人の心の持つ弱さそのものなのだろうから。
 ふと、自分は現実世界に戻れるのだろうかと考えていた。
 ウォーター・ハウスには言わなかったが、自分が電脳空間に潜る為の時間は限られている。言わば、潜水を行うダイバーみたいなものだ。
 だから、空気が必要なのだ。
 いつまでも長く、潜っているわけにはいかない。
 深く潜り続け、長く潜り続けていると、当然、肉体や精神に失調を来たしていく。そして所謂、“窒息死”してしまう事もあるだろう。
 だか。ふと、彼は思う。
 このまま、無へとなっていくのもいいかもしれないと思った。
 ボーラは思う。
 此処は、人間の底知れない闇の世界だ。
 自分が知りたかった世界の真理の只中にいるのだ。ひょっとすると、自分は真理と一体化する事が出来るのかもしれない。人の心の黒い影を掌握する事が出来る。
 …………。
 クラーケンの体系は、ツリーではなくリゾームだ。
 張り巡らされた根っこの一部を破壊しても、この国は自動的に動き続けるに違いない。プレイグを倒しても、存続するのは分かり切っている。
 しかし、絶対的な支配者がいなくなった今、この国に生きる者達は、どのように変貌していくのだろうか。どのような未来へと移り変わっていくのだろうか。
 ボーラは、少しだけそれを見てみたいと思った。
 国家の中心が消滅した後も、人は生き続ける事が可能なのだろうか、と。
 この電脳空間の中で、永遠に生きられたのなら。
 永遠に人々の欲の果てを眺め続けられたのならば、どれ程、良い事なのだろうか。
 そのような欲望を振り払おうと、彼は必死だった。
 もし、そんな事が仮に可能だったとしても、自分自身の心が腐っていくだけのような気がした。だから、彼は此処を早く抜け出そうと思う。
 光が見えてきた。
 自分の意思が死ぬ前に、あるいは二度と外の世界に出られなくなる前に、何とか、仲間達と合流出来そうだ。二人共、よくやってくれたと思う。
 生のウイスキーを、また口にしたい。
 ボーラは、外に出る喜びを思い出す。



 水兵隊達を信奉する男達は、先ほどから、突如、ネット回線が使えなくなった事を嘆いていた。いっそ、自殺してしまいたい、と蹲る者達もいた。
 政府からは、予備の電力が供給されると言われている。
 それにしても、長い。
 政府に対する不満は、徐々に募っていく。
 ネットワークこそが、彼らにとってのライフラインだった。
 多くの者達と繋がる為の、コミュニケーションの手段だった。
 しかし。
 医療機関や、電車などの電力は、三つの太陽を通していないので、通常通りに始動していた。普通に生活を送る上では、それ程、不便しなかった。しかし、男達の大部分は、ネットが生活の一部になっていた。通常の仕事などにも支障を来たす。みな、混乱していた。
 何処かで、誰かが、“神を失ったみたいだ”と呟いた。同時期に、数多くの人間が似たような情緒を抱いていたのだろう。
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posted by 東京リコーダー教育研究会 at 21:01| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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